紳士球団読売ジャイアンツの不祥事まとめ

1948年・別所引き抜き事件

別所引き抜き事件(べっしょひきぬきじけん)とは、1946年から1949年にかけて発生した日本プロ野球の投手・別所毅彦を巡る移籍騒動である。
南海ホークスのエース・別所が、所属球団の待遇に不満を持ち、そこへ優勝へ向けて補強を模索していた読売ジャイアンツの思惑が絡んで、巨人と南海の有力選手確保を巡る紛争へ発展した。

別所引き抜き事件 – Wikipedia

1949年・三原脩関連

1949年には、試合中に対戦相手である南海ホークスの筒井敬三を殴打する「三原ポカリ事件」を起こし、無期限の出場停止処分を受ける。三原の出場停止期間中は中島が指揮を執り、三原の周囲からの救済運動によって後に出場停止100日間へ減じられ、同年7月23日に復帰するとチームは最終的に優勝を果たした。これは巨人によって戦後初の優勝で、日本野球連盟においては最後の優勝となった。

三原の出場停止が明ける頃、学生時代からのライバルで巨人入団後に三塁手を務めていた水原がシベリア抑留から帰国した。ファンや選手からは待ち望んでいた「巨人の功労者」水原のプレーを期待する声が高まったが三原は水原を起用せず、チーム内から三原に対する批判が起きた。シーズンを終えてからはその批判が大きくなり、選手らを中心に三原を排斥して水原を擁立させようとする「三原監督排斥運動」が起きた。

三原脩 – Wikipedia

1973年・湯口事件

2年目のシーズン終了後の1972年11月23日、湯口はファン感謝デーの紅白戦に出場した。前日に無礼講の例会があったこともあり体調が万全でない中での登板で、打者一巡・2ホームランの滅多打ちに遭い、川上監督や二軍監督の中尾碩志から激しく叱責された。さらにこの夜、湯口が寮に戻らなかったことで中尾は湯口を拳で殴り、湯口のうつ病は悪化した。 11月27日の納会では誰が話し掛けても無言で、視点も定まらなかったという。翌日チームドクターからうつ病と診断され、次の日には都内の病院に緊急入院をする。

1973年1月10日には東京都新宿区の晴和病院(元日本野球機構コミッショナーの内村祐之が当時院長を務めていた)に移される。うつ病に回復の兆しが見え始めたが、マスコミの追及を恐れた球団側の意向で2月15日には多摩川グラウンドに復帰、2月19日には宮崎県宮崎市での春季キャンプに合流した。ところが湯口は同日、同室の淡口憲治から話し掛けられても反応しなかったり、真夜中に奇声を発したりし、異常に気付いた淡口が藤本健作マネージャーに報告した。事態を重く見たチーム首脳陣は翌2月20日、湯口のキャンプ参加を差し止め、強制的に送還した(藤本マネージャーも同行)。湯口は羽田空港到着後もロビーで奇声を発したり暴れたりしたため空港警備隊に取り押さえられ、再び晴和病院に緊急入院させられた。なお、球団は3月、内規により湯口への入院費支給を打ち切った。

そして3月22日夕、湯口は病院のベッドで変死体となって見つかった。球団・病院は「湯口敏彦投手の死因は心臓麻痺」と発表し、警察も検死の結果、事件性ならびに自殺の可能性を否定したが、湯口の死因を巡り、マスコミからは「湯口の死は自殺で、その原因は球団にあるのではないか」と非難されることとなる。

湯口事件 – Wikipedia

1978年・江川事件

江川事件(えがわじけん)は、1978年のドラフト会議前日にプロ野球セ・リーグの読売ジャイアンツとのドラフト外入団により電撃的な入団契約を結んだ投手・江川卓の去就をめぐる一連の騒動。江川問題(えがわもんだい)、江川騒動(えがわそうどう)、空白の一日(くうはくのいちにち)とも呼ばれる。

江川事件 – Wikipedia

1990年・桑田真澄

この年の夏頃から週刊誌でスキャンダルが報じられ、翌1990年2月、その情報源である中牧昭二によってスポーツ用品メーカーとの関係を暴露する内容の書籍『さらば桑田真澄、さらばプロ野球』が出版された。その書籍では、桑田が親しくしている会員制メンバーズクラブの社長に登板日を教えたらしい旨の記述や会員の勧誘に成功の報酬として現金をもらう記述があり、さらに同社長がかつて常習賭博罪で有罪判決を受けたことも明らかになった。そのため、桑田が野球賭博に関与しているのではないかとの臆測を招き、その件も週刊誌やスポーツ紙等で騒がれることとなった。当初、桑田は登板日漏洩の事実と金品の授受の事実をいずれも否定したが、その後それが虚偽であったことが判明した。そこで、巨人は、3月30日、桑田に対し、金品の授受等が統一契約書17条(模範行為)に反するとして、シーズン開始後登板禁止1か月、罰金1000万円の処分を下した。この件は、国会でも採り上げられるなど社会問題化した。中牧との間では、野球賭博には関与していないことが確認されている。

桑田真澄 – Wikipedia

2012年・原監督ヤクザに1億円

プロ野球巨人が、原辰徳前監督の金銭問題を巡る週刊文春の報道で名誉を傷つけられたとして、発行元の文芸春秋に損害賠償などを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(木内道祥裁判長)は29日までに、巨人の上告を受理しない決定をした。28日付。巨人敗訴の2審判決が確定した。

 確定判決によると、週刊文春は2012年6~7月、原監督が過去の女性問題に絡み元暴力団員に1億円を支払ったとの記事を掲載。暴力団員と知って金を渡した場合は野球協約違反となるため、巨人側が記者会見で「反社会的勢力ではない」とうそをついたとも報じた。

原辰徳氏「1億円」文春報道は真実 巨人の敗訴確定 – 野球 : 日刊スポーツ

2015年頃・野球賭博

読売ジャイアンツ所属選手による野球賭博問題(よみうりジャイアンツしょぞくせんしゅによるやきゅうとばくもんだい)は、2015年から2016年にかけて発覚した日本プロ野球・読売ジャイアンツ(以下・巨人)の所属選手による野球賭博に関する一連の問題である。

読売ジャイアンツ所属選手による野球賭博問題 – Wikipedia

2017年・山口俊傷害事件

山口俊が病院で暴れた。

2021年・中田翔無償トレード

日ハムで暴力事件を起こして居場所がなくなった中田翔が、即日無償トレードで巨人に移籍。
移籍翌日には出場選手登録された。

2026年・阿部慎之助監督が暴行で逮捕、辞任

逮捕理由は“緊急性”“飲酒”球界激震…“娘に暴行”巨人・阿部監督辞任 親子に何が【報道ステーション】(2026年5月26日)

5月25日夜、自宅で姉妹の喧嘩を止めたところ言い返され、カッとなって暴行に及んだと報道される。娘がチャットGPTに相談し、チャットGPTは児童相談所への通報を提案、それに従った結果、児童相談所が警察へ通報。駆けつけた警察に対して阿部が暴行を認めたため、現行犯逮捕となった。
翌日、監督を辞任。